昨今は従業員が会社に対して未払い残業代を請求することが多くなっていますが、その中でも未払い残業代の請求額が数百万円まで膨れ上がっているケースも少なくありません。
自分はそんなに残業してないから残業代は少ないかも····と思うかもしれませんが、実はあなたの知らないところで残業代が発生している可能性があります。そこで、今回はどのような場合に未払い残業代が発生しているのかについて解説してみましょう。
残業代が請求できる法定外残業と法定内残業
残業には法定外残業と法定内残業の2種類があり、どちらの残業にも残業代は支払われるものの、法定外残業には割増賃金が支払われる一方、法定内残業には割増賃金は支払われません。
法定外残業とは、1日8時間、週40時間を超えた労働時間のことをいいます。
例えば、9時から20時まで休憩1時間を挟んで10時間働いたとすると、18時以降に仕事をした2時間は法定外残業となって割増賃金が発生します。
他方、法定内残業とは、会社の所定労働時間を超えた労働時間のうち、法定労働時間に満たない労働時間のことをいいます。
例えば、会社の就業規則で所定労働時間を9時から17時の間の7時間と定めている場合に9時から20時まで休憩1時間を挟んで10時間働いたとすると、17時から18時までは法定内残業なので割増賃金は発生しませんが、18時から20時までは法定外残業となり割増賃金が発生します。
残業代が発生する労働時間
残業というと、就業時間を過ぎても会社に残って仕事をした時間というイメージがあるかと思いますが、実はそれだけが残業ではありません。そのため、あなたが「残業」だと認識している時間の他にも残業にあたる可能性のある時間があるのです。
残業代は、労働した時間があればその労働時間に対して支払われます。しかし、ただ会社に残っていたというだけでは労働時間にはあたらず、残業代を請求しても認められないことがあります。反対に、実際には労働時間であるにもかかわらず、残業代をできるだけ減らしたい会社が労働時間として認めずに残業代を支払っていないというケースも多くあります。
では、どのような時間が労働時間にあたるのでしょうか?
労働時間とは?
労働時間とは、労働者が会社の指揮命令下に置かれている時間をいいます。労働時間にあたるかどうかは、就業規則や雇用契約によって会社が勝手に決めることができるものではありません。そのため、いくら会社が就業規則で業務内容を定めて、それ以外の作業は業務ではないと主張したとしても、客観的にみて会社の指揮命令下にあるといえるのであれば労働時間にあたります。
ただ、指揮命令といっても、何か具体的に指示がなされていれば分かりやすいですが、具体的な指示がなくても指揮命令下にあると評価される場合もあります。そこで、以下ではどのような場合に会社の指揮命令下にある労働時間といえるのかを見ていきます。
労働時間にあたる例
労働時間というと、実際に何か作業をしている時間というイメージがありますよね。でも、それ以外にも会社から始業時間は9時だけど8時には出社して準備をしておくように言われたり、休憩時間なのに電話番を命じられたりして待機しなければならないことがあります。このように、明確には業務をしていないような時間でも、実は労働時間にあたるとして賃金を請求できる場合があります。
次のような時間は、労働時間にあたります。
手待ち時間
手待ち時間とは、会社から業務の指示があればすぐに業務にとりかかることができる状態で待機している時間をいいます。
例えば、飲食店でお客さんが入らず、することがなかったとしても、お店がオープンしている状態で、もしお客さんが入ってきたらすぐに対応できるように待機している時間などがこれにあたります。
この手待ち時間は、たとえ業務をしていなかったとしても、労働から解放されているわけではなく、会社の指揮命令下にあるといえるので、労働時間にあたります。
準備・後片付け時間
準備や後片付けをする時間は、本来の業務にとって必要不可欠で、会社の直接の支配拘束下に行わなければならない作業であれば、会社の指揮命令下にあるといえるので、労働時間にあたります。
例えば、法律上義務付けられている保護着や保護具の装着、機械の点検、会社から出席が義務付けられている朝礼、暗黙の了解で習慣化されている掃除などを行う時間があげられます。
仮眠時間
ビルの管理や警備サービス業務などで泊まり込みの勤務をする場合、労働から離れることが保障されていないのであれば、仮眠時間も会社の指揮命令下にあるといえるので、労働時間にあたります。
例えば、会社から仮眠室で待機するように指示されていて、警報や電話がなった場合にはすぐに対応することが義務付けられているのであれば、たとえ警報や電話がなることがほとんどないとしても、労働から離れることが保障されているとはいえません。そのため、この場合も労働時間にあたります。
未払い残業代が発生しがちなケース
本来の労働時間に対して残業代が支払われていないというケースのほかにも、従業員が気づかないうちに未払い残業代が発生していたというケースもあります。このような思わぬ残業代が発生しているケースとしては、端数の残業時間が切り捨てられているケースや会社が制度を間違って運用しているケースが考えられます。
端数の残業時間が切り捨てられているケース
会社の就業規則などで、残業時間の計算においては1日ごとに15分未満は切り捨てるなどと規定されていることがあります。数分ならまだしも、15分もの労働時間を切り捨てられると、あなたにとっては貴重な時間にただ働きをさせられていることになるので、納得できないですよね。
実は本来、会社は労働時間を1分単位で記録し、残業代も原則として1分単位で支払う必要があります。そのため、1日ごとに労働時間の端数を切り捨てることはできません。認められているのは、毎日1分単位で記録した結果、1ヶ月の残業時間の合計に30分未満の端数が出てしまった場合にはその端数を切り捨てることだけです。
もし1日30分の労働時間が切り捨てられているとすると、1週間で2時間30分、1ヶ月で10時間分とどんどん残業時間が積み重なり、残業代も多額になってしまいます。実際に働いた全ての労働時間に対してお給料が支払われているか、一度きちんと確認しておきましょう。
制度が誤用されているケース
また、会社が導入している制度が正しく運用されていないために、本来支払われるべき残業代が支払われていないということもよくあります。
特に、みなし残業代制度や裁量労働制、管理監督者制度、フレックスタイム制度が導入されている場合は要注意。これらの制度が会社で導入されている場合、その制度設計と運用が適切になされているか確認しておきましょう。
みなし残業代制度(固定残業代制度)
みなし残業代制度とは、ある一定の時間残業したものとして定額の残業代を支払う制度で、固定残業代制度ともいわれます。この制度は、法律上定められている制度ではなく、会社が就業規則などで自由に定めることができるものですが、間違った運用をしている会社があとをたちません。
みなし残業代制度では、あらかじめ就業規則や雇用契約で定められた残業時間を超えて残業した場合には、残業代を支払う必要があります。しかし残念ながら、残業代は固定で支払っているから何時間残業させてもそれ以上残業代を支払わなくていいと誤解している会社もあります。悪質な会社は、残業代削減のためにあえて固定残業代制度を導入して残業代を支払わずに済ませようとしたりします。
そのため、みなし残業代制度が導入されている会社で働いている方は、きちんと固定残業代に含まれる時間を超えて働いた分の残業代が支払われているか確認してみてください。
管理監督者制度
管理監督者とは、法律上「監督若しくは管理の地位にある者」(労働基準法41条2号)をいいます。管理監督者にあたる場合、時間外労働をしても残業代を支払う必要はなくなるので、会社は残業代削減のため本来管理監督者ではないのに管理監督者として取り扱うケースが頻発しています。
管理職と名前が似ているので間違われやすいのですが、会社内で課長や部長といった管理職に就いているからといって必ずしも管理監督者にあたるわけではありません。管理監督者にあたるかどうかは、単に役職名だけで判断されるわけではなく、職務内容などの実態に即して判断されます。
例えば、部長という役職名が付いていたとしても、出退勤時間が決まっていて、上司から指示された業務をこなすだけというような場合には管理監督者には当たりません。
もしあなたが管理監督者にあたるとして残業代が支払われていない場合は、本当に管理監督者にあたるのか確認してみてください。
裁量労働制
裁量労働制とは、労働者が業務のやり方に裁量をもって働くため、実際の労働時間に関係なく一定の労働時間だけ労働したものとみなされる制度をいいます。この裁量労働制には ①専門業務型裁量労働制 と、②企画業務型裁量労働制 の2種類があります。
①専門業務型裁量労働制は、研究開発、プログラマー、記者・編集者、デザイナー、プロデューサー・ディレクター、コピーライター、システムコンサルタント、インテリアコーディネーター、証券アナリスト、公認会計士、弁護士、建築士、不動産鑑定士、弁理士といった業務に適用されます。
②企画業務型裁量労働制は、「事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務」を行う労働者に適用されます。
専門業務型裁量労働制については適用される業務が限定されているので、本来は裁量労働制を適用できないのに裁量労働制を適用して残業代を支払わないという取り扱いがなされていることは稀です。
他方、企画業務型裁量労働制は適用される業務の範囲が広いため、とりあえず企画業務にあたるとして残業代を支払わないケースが見られます。
企画業務型裁量労働制の導入にあたっては、労働者と使用者の代表で構成される労使委員会の5分の4以上の賛成を得て内容を決定し、制度の適用対象となる労働者の同意も必要となるなど、要件が厳しくなっていますが、これらの要件を満たしていないにもかかわらず、会社が企画業務型裁量労働制であるとして残業代を支払っていない場合には、未払い残業代が発生していることになります。
事業場外労働のみなし制度
事業場外労働のみなし制度とは、外回りの営業など、従業員が主に会社の外で仕事をする職種については会社が労働時間を明確に把握できないので、実際の労働時間にかかわらず、所定労働時間だけ労働したものとみなす制度をいいます。
しかし、この制度は会社が従業員の労働時間を算定できない場合にのみ適用されますので、業務内容が具体的に決まっていて、従業員が逐一携帯電話などで業務の進捗について報告することが求められているような場合には、この制度は適用されません。
例えば、海外ツアーの添乗員は会社の外で仕事をする職種ですが、事業場外労働のみなし制度は適用されないと判断された裁判例もあります。
このように、本来事業場外労働のみなし制度を適用することができない事例であるにもかかわらず、会社がそれを適用している場合は、未払い残業代が発生していることになります。
フレックスタイム制度
フレックスタイム制度とは、ある一定期間の労働時間をあらかじめ定めておき、その労働時間を満たす限り従業員は自由な時間に出退勤できるという制度をいいます。
フレックスタイム制度の場合、ある1日は10時間、ある1日は6時間というように1日の労働時間も自分で自由に決めることができます。そのため、1日の労働時間が8時間を超えていただけでは残業にはあたりません。しかし、ある一定期間をトータルして、あらかじめ定めた労働時間を超えて労働をした場合には残業代が発生します。
もし会社がフレックスタイム制度だから残業代は出ないと説明していたら、その説明は間違っているので、未払い残業代が発生している可能性があります。
「未払い残業代請求できるのはどんな場合?」まとめ
このように、あなたの知らないところで思わぬ残業代が発生していることがあるので、もし思い当たるケースがあればぜひ確認してみてください。
ただ、専門家でなければ判断が難しいケースもあるので、もし自分のケースで残業代が発生しているのかわからないときは、未払い残業代に詳しい弁護士に相談してみるのがよいでしょう。