転職や解雇などが原因で会社を退職した場合、その会社で入っていた健康保険も脱退することになります。社員でなくなってしまえば、被保険者としての資格がなくなるからです。
そのため、会社を退職する際には「退職後の健康保険をどうするのか」を考える必要があります。
ということで今回は、退職後の健康保険について「3つの加入方法」と、注意点についてまとめみましょう。
日本の公的医療保険の仕組み
退職後の健康保険について触れる前に、まず最初に、日本の公的医療保険の仕組みを簡単に確認しておきましょう。
日本は「国民皆保険制度」を敷いている
日本国民は、生まれたばかりの赤ちゃんから高齢者まで、必ず何らかの公的医療保険に入る必要があります。
これを「国民皆保険制度」と呼んでいて、日本の公的医療保険には、以下のようなものがあります。
制度 | 被保険者 | 保険者 | |
---|---|---|---|
健康保険 (社会保険) |
一般 | 健康保険の適用事業所で働く会社員(民間会社の勤労者) | 全国健康保険協会 (協会けんぽ) |
健康保険組合 | |||
法第3条第2項の規定による被保険者 | 健康保険の適用事業者に臨時に使用される人や季節的事業に従事する人等 (一定期間を超えて使用される人を除く) |
全国健康保険協会 | |
船員保険 (疫病部門) |
船員として船舶所有者に使用される人 | 全国健康保険協会 (協会けんぽ) |
|
共済組合 (短期給付) |
国家公務員・地方公務員・私学の教職員 | 各種共済組合 | |
国民健康保険 | 健康保険・船員保険・共済組合等に加入している勤労者以外の一般住民 | 市区町村 | |
国民健康保険 | 厚生年金保険など被用者年金に一定期間加入し、老齢年金給付を受けている65歳未満等の人 | 市区町村 | |
後期高齢者 医療制度 |
75歳以上の方および65〜74歳で一定の障害の状態にあることにつき後期高齢者医療広域連合の認定を受けた人 | 後期高齢者医療広域連合 |
民間企業の社員は「健康保険」(社会保険)に、国家公務員・地方公務員・私学の教職員は「共済組合」に、船員は「船員保険」に、そしてこれら以外のすべての国民は「国民健康保険」(「国民健康保険組合」を含む)にそれぞれ加入します。
またこれらとは別に、75歳以上の人および65~74歳で一定の障害の状態にあることを認定された人は「後期高齢者医療制度」が用意されています。
これらの公的医療保険が、日本国民を1人残らずカバーしているのです。そのため、どのような理由であれ退職して健康保険を脱退した場合、別の新たな公的医療保険に加入する必要があります。
なおいずれの公的医療保険も、病院窓口での自己負担割合は原則として3割です。残り7割は健康保険や国民健康保険から支払われます(乳幼児や70歳以上だと、自己負担は更に低くなります)。
退職で健康保険を脱退した人が取るべき「3つの選択肢」
次に、転職や解雇でそれまで加入していた健康保険を脱退しなくてはならない人が、次に取るべき選択肢について紹介します。
選択肢は以下の3つです。
- 退職した会社の健康保険を「任意継続」する
- 国民健康保険に切り替える
- 家族の健康保険の被扶養者になる
3つの選択肢を1つずつ見てみましょう。
退職した会社の健康保険を「任意継続」する
「任意継続」とは、それまで勤めていた会社で加入していた健康保険をそのまま継続し続けることです。
ここまで何度も「転職や解雇で会社を退職したら健康保険を脱退しなくてはならない」と書いてきましたが、実はそのまま継続する手段もあるのです(75歳以上の方は後期高齢者医療制度の対象となるので継続不可)。
しかしこの任意継続は「退職した前日までに被保険者期間が継続して2か月以上あること」という条件がある上、任意継続可能な期間が「2年間」という期限があります。
任意継続のメリット
任意継続のメリットは、以下の通りです。
- 在職時の健康保険のサービスが引き続き受けられる
- 在職時とほぼ同じ給付を受けることができる(出産手当金や傷病手当金は除く)
- 被扶養者も引き続き継続できる
大手企業グループの健康保険組合などは、被保険者向けにとても充実したサービスを提供していることがあり、会社を退職して健康保険を脱退してしまうと、当然これらのサービスは受けられなくなります。しかし任意継続をしていれば、退職しても基本的に同様のサービスが継続して受けられます。
また給付面も、在職時とほぼ変わらず受けられますが、健康保険のメリットの1つである出産手当金や傷病手当金はもらうことができません。
通常、健康保険は被保険者の家族を「被扶養者」として扱い、被保険者と同じように保険証が発行されますが、任意継続も被保険者のみならず、被扶養者も同じように健康保険が継続できます。
任意継続のデメリット
任意継続のデメリットは、以下の通りです。
- 保険料の会社負担分がなくなるので、保険料が高くなる可能性がある
- 収入が減っても2年間は保険料が変わらない上、2年間は自己都合で止めることができない
任意継続の保険料は、在職時の概ね2倍になります。これは健康保険の保険料は「労使折半」、つまり半分は会社が、半分は被保険者(社員)が負担するのが原則となっているところ、退職後に任意継続する場合はこの全額を被保険者が負担することになるからです。
ただし保険料は所得によっても変わってくるので、仮に任意継続で保険料が2倍になったとしても、国民健康保険の保険料よりも安く済む場合があり、一般的には所得が高い人ほど任意継続を選んだ方が有利になると言われています。
その理由は、健康保険の任意継続の保険料を決める基準となる「標準報酬月額」が30万円と定められているから。つまり標準報酬月額が30万円の場合の保険料が上限になる、ということです。
そして任意継続は、1度決められた保険料は2年間同じです。
そのため、例えば「転職活動が忙しくなってアルバイトを辞めた」「病気やケガになってフリーランスの仕事ができなくなった」といった事情で収入が減っても、決められた保険料は納める必要があります。
もし事情が変わったとしても、そこで国民健康保険に切り替える、ということは原則できません。なぜなら任意継続は、1度始めたら2年間は自己都合で止めることができないから。
止めることができるのは、他の健康保険や国民健康保険や後期高齢者医療制度の被保険者となった場合です。その他、保険料を期限までに納めなかった場合や、被保険者が死亡した場合は強制的に脱退となります。
国民健康保険に切り替える
健康保険を任意継続すると保険料が高くなる場合や、自営業・フリーランスとして働く場合、在籍していた会社とすぐに縁を切りたい場合などは国民健康保険に切り替えることになります。
国民健康保険のメリット
国民健康保険のメリットは、以下の通りです。
- 市区町村役場の窓口で簡単に手続きができる
- 保険料の減免申請ができる場合がある
先にご紹介した健康保険の任意継続は、意外に手続きが面倒です。退職前の忙しい時に総務と頻繁にやり取りが発生したり、退職後も電話での確認、書類の郵送などが発生するケースも少なくありません。
この点国民健康保険は、マイナンバーカードと本人確認書類、退職した会社から発行された「資格喪失証明書」を持って住んでいる市区町村役場に行き、「会社を退職したから国民健康保険に入りたい」といえばその場ですべて手続きをしてくれます。
そして国民健康保険は様々な減免制度が用意されており、状況に応じて減免申請をすることができる場合があります。
例えば失業や災害で保険料の納付が困難になれば、保険料の全部または一部が減免になりますし、最近では新型コロナウイルス感染症の影響で収入が減った場合などの減免制度があります。
国民健康保険のデメリット
国民健康保険のデメリットは、以下の通りです。
- 前年の所得が高いと保険料が高額になる
- 「扶養家族」という概念がないため、家族も個別に国民健康保険に加入する必要がある
- 原則として出産手当金・傷病手当金がない
前述のように、健康保険の任意継続は保険料を決める根拠となる「標準報酬月額」に上限が設定されています。このため、所得が高い人でも保険料が一定以上にはなりません。
しかし国民健康保険は、限度があるものの(2023年度は年間87万円が上限、これは単身世帯で年収約1,150万円以上の人の保険料)、所得が高ければ高いほど保険料が上がっていきます。つまり所得によっては、国民健康保険の方が負担が大きくなります。
そして国民健康保険は、健康保険と違って「扶養家族」という概念がありません。
健康保険の場合、例えば夫(世帯主)・妻・未成年の子供2人という家族においては、妻と子供は夫の健康保険の被扶養者になることができます。健康保険には夫1人だけが入ればよく、妻や子供は夫の健康保険に紐づく形になるわけです。
これが国民健康保険になると、家族全員が国民健康保険に加入する必要があります。未成年も未就学児も同じです。
ただし保険料の請求は世帯ごとなので、上記の例であれば世帯主の夫に全員分の国民健康保険料が請求されることになります。当然のことながら、家族の人数が多ければ多いほど、保険料負担は重くなります。
家族の健康保険の被扶養者になる
家族の中に健康保険の被保険者がいる場合、その家族の「被扶養者」になる、という選択肢もあります。
ただしこれは「被保険者と同居の場合は年収見込みが130万円未満で、被保険者の収入の半分未満であること」「被保険者と別居の場合は年収見込みが130万円未満で、被保険者からの仕送り額未満」という条件に該当しなくてはなりません。
年収は「過去の年収」ではなく、あくまでも「これからの見込み」です。
例えば6月から扶養に入るとして、1月から5月までの収入の合計が300万円あったとしても、6月以降1年間の年収見込みが130万円未満(月額10万8,333円以下)ならOK、ということになります。
この収入で暮らしていくことは現実的ではありませんが、家族の誰かの収入に頼って転職活動を進める場合、選択してもよいかもしれません。
退職後に健康保険を切り替える際の注意点
ここまで退職後の「健康保険の3つの加入方法」について見てきましたが、最後に退職後の健康保険を切り替える際の注意点を触れておきましょう。
任意継続は資格喪失日から20日以内に届け出を行う
まず任意継続ですが、もし任意継続を望むなら、資格喪失日から20日以内に健康保険組合への届け出を行う必要があります。なお資格喪失日は「被保険者でなくなる日」で、退職日の翌日です。
国民健康保険への切り替えは資格喪失日から14日以内に手続きを行う
健康保険から国民健康保険へ切り替えをする場合は、資格喪失日から14日以内にお住まいの市区町村役場で手続きを行う必要があります。
手続きの際は、世帯主以外が手続きをする場合は「世帯主の委任状」を用意してください。この時既に世帯主が国民健康保険に加入している場合は、世帯主の保険証が必要になります。
ちなみに資格喪失日から14日を過ぎても手続きは可能ですが、保険料は資格喪失日まで遡って納める必要があります。
一方、医療費の給付は原則として加入手続きが完了した日からになるので、健康保険の資格喪失日以降、国民健康保険の手続き完了日以前に病院にかかった場合は、病院窓口で実費を支払わなくてはなりません。手続きを遅らせてもデメリットだけですので、必ず期日に間に合わせるようにしましょう。
(任意継続をしない場合)退職時、保険証は家族の分も含めてすべて返却する
健康保険の任意継続をしない場合は、退職時に保険証を健康保険組合に返却しなくてはいけません。これは家族の分も含めてです。退職日当日に保険証が必要な場合、後日郵送しても大丈夫です。
ただし資格喪失日(退職日の翌日)以降は、仮に手元に保険証があっても絶対に使わないようにしましょう。
退職時の保険の切り替えは事前にシミュレーションしておくべき!
以上、退職後の健康保険の加入方法・切り替え方法と注意点について紹介しました。
健康保険から任意継続と国民健康保険へのどちらへ切り替えるべきかは、一概にはいえません。前年度の収入・扶養家族の有無や人数、再就職への熱意や可能性などによって大きく変わるからです。
退職前には、できれば任意継続した場合、国民健康保険に切り替えた場合のシミュレーションを行い、自分はどちらが得になるのかを把握しておくとよいでしょう。これは各健康保険組合や市区町村役場の窓口で相談すれば、教えてもらうことができるはずです。
場合によっては年間数万円単位の差が生じてしまうので、ぜひ後悔のない選択をするようにしてくださいね。